tokimi-christianのブログ

アラサークリスチャン時美が(なるべく)毎日、本の紹介を中心にいろんなことを発信しています!

空の鳥、野の花をよくみなさい~聖書のお話~

みなさまこんにちは。日曜日だけど朝から仕事をしている時美です。

 

今日は日曜日なのでクリスチャンらしく聖書のお話とかちょこっとしたいと思います。

 

最近、よく頭のなかに流れる讃美歌があります。それが新聖歌(しんせいか)という歌集の285番にある『一羽のすずめ』という曲です。

『一羽のすずめ』

1.心くじけて 思い悩み
などて寂しく 空を仰ぐ
主イエスこそ わが真(まこと)の友 

一羽のすずめに 目を注ぎ給(たも)う
主はわれさえも 支え給うなり
声高らかに われは歌わん 
一羽のすずめさえ 主は守り給う

2.心静め 御声(みこえ)聞けば
恐れは去りて 委(ゆだ)ぬるを得(え)ん
ただ知らまほし 行く手の道

一羽のすずめに 目を注ぎ給う
主はわれさえも 支え給うなり
声高らかに われは歌わん 
一羽のすずめさえ 主は守り給う

 

YouTubeに音源があるのでぜひ聞いてみてください。歌詞の訳によって少し言葉が違うものもあるかもしれません。

 

この曲と同時に思い浮かぶ聖書箇所が

マタイによる福音書6章25-31節です。

 

それだから、あなたがたに言っておく。何を食べようか、何を飲もうかと、自分の命のことで思いわずらい、何を着ようかと自分のからだのことで思いわずらうな。命は食物にまさり、からだは着物にまさるではないか。 空の鳥を見るがよい。まくことも、刈ることもせず、倉に取りいれることもしない。それだのに、あなたがたの天の父は彼らを養っていて下さる。あなたがたは彼らよりも、はるかにすぐれた者ではないか。 あなたがたのうち、だれが思いわずらったからとて、自分の寿命をわずかでも延ばすことができようか。 また、なぜ、着物のことで思いわずらうのか。野の花がどうして育っているか、考えて見るがよい。働きもせず、紡ぎもしない。 しかし、あなたがたに言うが、栄華をきわめた時のソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。 きょうは生えていて、あすは炉に投げ入れられる野の草でさえ、神はこのように装って下さるのなら、あなたがたに、それ以上よくしてくださらないはずがあろうか。ああ、信仰の薄い者たちよ。 だから、何を食べようか、何を飲もうか、あるいは何を着ようかと言って思いわずらうな。(マタイによる福音書6:25-31)


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(空の鳥ではないけれど鳥です笑)
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(↑最近撮った花)

 

神様は蒔いたり収穫したりしないのに鳥を養い、ただ咲いている花でさえきれいに飾ってくれる。人はその鳥や花よりも神様の目には尊いのだからそれ以上のことをしてくださるし、日々のことに思い悩む必要はない。

 

という箇所です。私は日々とても悩むことが多いです。あれはどうしよう。するはずだったことができなかった。どうにもならないことが起きて気持ちが沈むなど...

でも結果はどうあれなんとかなるもんです。

一羽のすずめの歌詞にもあります。

心静め 御声(みこえ)聞けば
恐れは去りて 委(ゆだ)ぬるを得(え)ん
ただ知らまほし 行く手の道

神様が私のためにどんな道を用意してくださってるかはわからないけど、心を静めて神様の声を聞けば恐れはなくなり、委ねられる。

 

日々忙しさのなかにある私もいろんなことを考えすぎてそれを忘れがちです。でもちょっと立ち止まって心を静める神様とお話しする時間を持つことも必要だと改めて気づかされます。

クリスチャンじゃなくても忙しい時こそ皆さんも心を静める時間を持ってみるのもいいかもしれませんね。一度落ち着いて自分のことをちょっと整理してみたりするとなんかホット一息できるかもですね♪

 

時美でした!!

 

※時美的キリスト教用語集に追加する用語

・一羽のすずめ

新聖歌285番にある讃美歌

・新聖歌

いくつかある賛美歌集のうちのひとつ。

・御声(みこえ)

神様の声