tokimi-christianのブログ

アラサークリスチャン時美が(なるべく)毎日、本の紹介を中心にいろんなことを発信しています!

時美がクリスチャンになったわけ

皆さまこんにちは!

GW(10連休)7日目。今日も仕事の時美です。

今回はなぜ、時美がクリスチャンになったかをお話ししたいと思います。

私はほとんどキリスト教とは無縁の家庭で育ちました。なぜ、わざわざほとんどと加えたかと言うと曾祖母と祖母がクリスチャンであることを知らなかったからです。

曾祖母は私が12歳の亡くなりましたが、この時、私は知りました。亡くなったと連絡があったその日、私は祖母宅に向かいました。曾祖母は96歳だったので家族での葬儀でした。私にとって初めての身近な人の死で、葬儀は通夜、告別式と仏式の葬儀のことは今でも詳しくないのでよくわかりませんが、当時もわからないなりにそんな風に進むのかなと思っていました。
でもそんなことはなく、亡くなったその夜は牧師先生がいらして、曾祖母のベットの親族で讃美歌を歌いました。数日後の葬儀は教会でしました。教会での様子はあまり覚えていないのですが、曾祖母の死が私にとって初めてのキリスト教との出会いでした。

そして私は首都圏の某私立の中高一貫校に進学しました。その学校の図書館がとても素晴らしい環境で、私はますます本が好きになりました。司書の先生にも大変お世話になりました。その先生に誘われて中3の夏休みに昨日紹介した「人は何で生きるか」の校内での座談会に参加しました。「人は何で生きるか」でもお話ししましたが、そこでこの本のテーマというか、根底にあるもののキリスト教について学びました。

人は何で生きるか~生きるために必要な3つとは??~ - tokimi-christianのブログ


学校の勉強は苦手でしたが、本をよく知るための学校の勉強ではない勉強がとても楽しかったのは、今もよく覚えています。中高一貫校だったので座談会後、受験せずにそのまま高校に進学した私は司書の先生が顧問をしていた文化部に入部しました。そして1年生の冬、同じ部活の3年生の先輩が行くといったミッション系の大学のオープンキャンパスに同行しました。大学で学ぶとか、大学の雰囲気を知った方がいいという顧問の先生のすすめでした。
初めて大学にいったのですが、なぜかの大学で勉強する自分を想像をできるという、不思議な感覚を味わったのを今でも覚えています。歌うのが好きだった私がオープンキャンパスの中で歌っていたその大学の聖歌隊に憧れたのもあったかもしれません。
その後、大学の志望校を決めるため、高校在学中色々な大学に行きましたが、最終的に一番始めに行った大学を第一志望とし、AO入試で受験し合格しました。

 

内気な私ではありましたが、大学入学後、友達ができました。ミッション系の中でもクリスチャン率が高いようでクリスチャンの友達も多く、他のミッション系大学に比べて先生や大学職員のクリスチャン率もまあまあ多くいたみたいです。

昼休みの礼拝、礼拝の委員会等、大学の宗教活動も他のミッション系大学にに比べてかなり多かったです。ミッション系の大学の入学した中でもで宗教活動も多いことは知っていましたが、自分はクリスチャンにはならないと入学前は何故か頑なに思っていました。


ですが、大学生活が1ヶ月たった頃、私はクリスチャンに憧れを持つようになっていました。身近クリスチャンの友人、先生が充実感に満たされて自信をもって生きているように見えたのです。

それまでの私は正直にいうと

宗教=怪しいもの、心の弱い人がすがるもの

というイメージがありました。自分は必ずしも心が強いとは言えないけど何かにすがるというのは恥ずかしいこと、みっともないこと。とまで思っていました。
そのイメージと正反対に私からみて心が強そうで、頭もよくて器用に色々なことをこなす友人や先生方がクリスチャンとして生きていることに興味を覚え、彼らのようになりたいという憧れを持つようになったのです。私が思い描いていた、すがっている姿は神様に全て委ねている安心、神様に愛されている確信に見えたのだと思います。
でも、宗教に対して懐疑的だった私は入学後1ヶ月で自分の気持ちが変わったことに戸惑いを感じてもいました。周りをみて、また学校の聖書の勉強を通して、キリスト教が信じるに値する宗教だと"なんとなく"思えていたのに。でもその、"なんとなく"がダメだったのだと今ならわかります。キリスト教を信じるということが確実に思えなくてはならなかったのです。


クリスチャンに憧れを持ってからクリスチャンの友人が通っている教会巡りをしました。教会って教会の思っている以上に初めて行くのは敷居が高いものです。その点、友人がいればちょっとは低くなります。
いくつかの教会を巡って一番始めに行ったO教会に通うようになりました。O教会は私が大学で一番始めに友達になったYの通っていた教会でした。Yは私を信仰の道へと導いてくれた大切な友人のひとりです。
O教会に通うようになって礼拝の説教や教会員の人たちとの交わり(※1)や青年会(※2)の交わりの中で"なんとなく"だったものが確信に変わっていきました。
それまでの私の19年の人生を振り返った時に節目節目にあった出来事に対して全てにおいて神様の存在を感じました。
幼少期に大病をしているのですが、そのこと、曾祖母の死、『人は何で生きるか』の座談会、初めてオープンキャンパスに行った大学がミッション系でそこに合格したこと等々。書いていけばキリがないので極々一部ですが。でもこんなにちっぽけな、たかが19年しか生きてない未熟者の私の人生に神様の愛が溢れていたことに気がつきました。

それまでにあった私の人生の節目節目への道はくねくねした道の途中にあると思っていたのが、神様という存在があるだけで全てがまっすくな道にあったことにも気づけたというイメージです。(←わかりにくくてすみません)

とても簡単に説明するとクリスチャンは自分が持っている罪(※3原罪)を神様に認めてその私の罪のために2000年前、イエス・キリストが十字架にかけられて死んでくださったと信じています。それを信じると牧師や教会員に示すのが洗礼(※4)です。

洗礼や原罪については以前の記事に書いてあるので良かったら読んでください。

時美の受洗記念日に洗礼のお話 - tokimi-christianのブログ


私はクリスチャンになりたいと憧れて、実際に教会通い、"なんとなく"が間違いない確信をもちました。すなわち、大学1年のイースター(※5)に初めてO教会に行ってちょうど1年後 大学2年のイースターに洗礼をうけました。

 

これが私、時美がクリスチャンになるまでのお話です。思ったより長くなってしまいました💦自分のことを話すのってなんだか照れ臭いです。今回の記事の中でいくつかクリスチャン用語を使ったので※で印をつけてあります。この下に説明を書きます。また、カテゴリーに今後クリスチャン用語集を作り、今後の記事で用語を使う度に更新していこうと思います。
ありがとうございました。時美でした!!

 

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☆クリスチャン用語☆
※1:交わり(まじわり)
交流のこと。
今後ともよろしくお願いします。
というところをクリスチャンは
これからもお交わりのほどよろしくお願いします。
等と使います。
※2:青年会(せいねんかい)
教会によって定義は様々だが、大抵は大学生以上の未婚の男女の集まりとしているところが多い。他に既婚の男性の会、女性の会等もある。
※3:原罪(げんざい)
いわゆる、アダムとエバの物語。エデンの園で神様から全てを与えられていたふたりは決して食べてはいけないと命じられていた木の実を食べてしまう。それが原因でエデンの園を追われ、その後どんな人も原罪をもって生まれるとなっている。
※4:洗礼(せんれい)
神様と同じクリスチャンの前で神様を信じます。という入信の儀式。
※5:イースター
キリスト教の三大祭のひとつ。他2つはクリスマスとペンテコステ
イースターは日本語では復活祭。十字架にかけられて死んでくださったイエス・キリストが預言の通り3日目に復活したことを祝う。キリスト教ではとても大事な日。
毎年日付は違い、春分の日の次の満月の次の日曜日となっている。